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うしやまかつみ(事務局)

Author:うしやまかつみ(事務局)
宮島沼プロジェクトチームの事務局をしています。普段は宮島沼水鳥・湿地センターの中でパソコンと格闘しているか、外で草刈り(夏)か除雪(冬)かマガンを数えて(春と秋)います。地域のみなさまに支えられて宮島沼歴は早15年になりました!

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ぶらしっち~夏の農家ランチ付きガイドウォーク~

今回のぶらしっちは初の遠足企画!美唄湿原に行きました!
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「美唄湿原」とは、北海道農業研究センター美唄試験地に残されている小さな湿原の通称で、正式な地名ではありません。
地域の人に「泥炭試験所」として知られている試験地は、大正8年(1919)に「北海道農事試験場美唄泥炭地試験地」として開設されました。当時、このあたりは広大な「原野」(湿原)が残されていた場所で、試験地は原野の入り口につくられ、泥炭地の農地開発のため作物適否や土壌改良の研究がされていました。

戦後まで美唄市には4000haにおよぶミズゴケ湿原を中心とした未開拓の原野が残されていましたが、昭和27年(1950)には美唄市開拓5カ年計画が実行され、4000-5000年かけて形成された原始の湿原は僅かな歳月で消えてしまうことになります。美唄湿原は、原野の開拓と農地化に多大な貢献をしたと思われる試験地の片隅で、運良く開発を免れた22haほどの原野の一画ということになります。

ただ、美唄湿原も乾燥化によるササの侵入による本来の自然はほとんど失われてしまっています。
現在ミズゴケの湿原として残るのは中心部のわずか2haほどと言われています。今回、残念ながら湿原内部に立ち入ることはできませんでしたが、試験地の周囲をぐるっとまわり、原野の原風景と開拓の歴史を探りました。

実は、美唄湿原の東側には北海道の学術自然保護地区にも指定されている「上美唄湿原」という5haほどの小さな湿原があります。
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上美唄湿原はすでに乾燥したササ原になっておりとても湿原とは言えないのですが、排水路に面して水が染み出してくる斜面の片隅にはミズゴケやサワギキョウなどが見られ、ここが元・湿原だったことが想像できます。
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美唄湿原側にはオニユリも咲いていましたが、こちらは中国原産の外来種です。
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美唄湿原の南側の防風林にもミズゴケなど湿原の痕跡が僅かに残っています。
側溝の水も泥炭地特有のコーヒー色をしています。
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これはモール泉と同じフミン酸とフルボ酸などの腐植質に由来し、開拓農家はこの水を焚いてお風呂にしていたので、湯冷めがしにくかったなどと話が残っています。

美唄湿原の西側には、土水路に面して泥炭が露出しています。
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ここから湿原内の水が水路に流れてしまっているため、水の流れを止める遮水シートを設置するなどの研究もされていたようです。

ここでは、農地と湿原の高低差もよくみてとれます。排水され、泥炭の分解が進んだ農地は地盤が沈下しており、湿原の中心部と比べると3m以上も差があるそうです。歩いている農道よりはるか頭上にかつての地上があったということになります。

美唄湿原の北側は、かつて泥炭地の水田研究などが行われた圃場があります。
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農道脇には泥炭の中に眠っていた、数千年、数百年昔に生えていただろう巨木がごろごろと放置されていました。

今回は初の雨の中でのガイドウォークとなりましたが、その影響でいつもより早足で歩き終え、余裕を持って昼食会場へ。

いつも通り、地場産食材たっぷりの特製ランチをいただきました!
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次回ぶらしっちは10月21日(日)!
宮島沼の自然の変遷と超最新の保全の取り組みをたどるガイドウォークです!



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